なぜ多くの企業は AI への投資で成果を出せないのか?──GenAI 分断の実態と成功の鍵
- RYOTARO SHIMA
- 10月11日
- 読了時間: 7分

はじめに:期待と現実のギャップ
近年、生成系 AI(GenAI)への関心が爆発的に高まり、企業の投資も急増しています。「メールの下書き支援」「資料の要約」「チャットアシスタント」など身近な用途での導入が話題を呼んでいます。しかし、その熱気に反して、企業レベルでの「成果=投資に見合ったリターン」を実感できている組織は少数派のようです。
MIT の最新レポート「The GenAI Divide: State of AI in Business 2025」によれば、企業が実施した AI プロジェクトのうち、95%が有意なリターンを出せていないというデータがあります(すなわち、5%しか成功していない)MLQ+2Legal.io+2。
ここでは、この「GenAI 分断(GenAI Divide)」が生まれる背景を整理しつつ、日本企業における現状も交えながら、「成果を出す AI 投資のあり方」に迫ります。なお、本稿はシリコンバレーのBill Barry氏の記事を参考にしています。
なぜ多くの AI 投資は“成果につながらない”のか?:4つの主因
AIプロジェクトが頓挫してしまう理由は複数ありますが、とくに以下の 4 点が大きく指摘されています。
1. 成果を出すのは限られた業界だけ
一般に、テクノロジー、メディア、金融など「情報資産が豊富」「変化が速い」業界は、AI の恩恵を得やすい傾向にあります。これらはデータ収集・モデル化・運用の整備が比較的やりやすく、作業効率化や意思決定支援と相性が良いからです。一方で、製造、建設、公共インフラ、伝統産業などでは、業務フローが複雑かつ個別性が高いため、AI を導入しても「部分的な改善」にとどまり、コスト削減や売上拡大に直結しにくい場合があります。
たとえば、BCG の調査では、1,250 社超を対象としたレポートにおいて、「真の価値を引き出せている企業」はわずか 5%程度だと指摘されており、AI の「成熟度(AI maturity)」が高い業界はソフトウェア、通信、フィンテックなどに偏っているという報告がありますBusiness Insider。
2. POC(検証のための試験導入)は多くとも「スケール」に失敗
多くの企業は AI を試験導入(POC)する段階までは進めますが、そこから 本番運用(プロダクション化)に至るものはごく少数 です。
MIT レポートでは、独自開発の AI ソリューションのうち、本番環境に到達できるものは 5%に過ぎない と報告されていますThe Financial Brand+1。
これは以下のような技術的・組織的障壁があるためです:
既存システムとの統合が難しい
モデルの精度や信頼性(誤出力、バイアス、変化対応力など)に課題
フィードバックループを持たず、継続学習できない AI が多い
組織横断で推進できる体制(ガバナンス、人材、運用ルール)が未成熟
さらに、MIT レポートは、自社内で AI を設計・開発する方やり方は成功率が低く、外部パートナーとの協業型開発のほうが成功実績が高いという指摘もしていますThe Financial Brand+1。
3. 予算の配分ミス — 表層戦略に偏る
企業予算はつい「見栄え」「売上拡大」「マーケティング施策」に割りがちですが、そうした用途は成果が見えにくかったり、回収期間が長かったりします。多くの場合、バックオフィスの自動化や効率化のほうが ROI は高め と言われますが、予算は前者に集中する傾向がありますThe Financial Brand+1。
4. 適応型学習(Adaptive Learning)がない
これは根本的な問題ですが、多くの AI ツールは、導入後ユーザーの振る舞いやフィードバックに応じて進化しません。初期モデルは一定以上の精度を持っていても、運用を続ける中で業務変化に追随できず、使われなくなる“飾り”AI になってしまうことがあります。
MIT がいう「教訓ギャップ(learning gap)」の指摘はまさにこれを指しており、多くの組織は AI を継続的に改善する仕組みを持っていないために、初期の期待値が維持できないという構図がありますMLQ+1。
対抗的視点:AI が実際に成果を出した成功例
とはいえ、「AI 投資は無意味」という結論一辺倒ではありません。むしろ、戦略的に設計し、運用と改善を繰り返した事例では、実質的な成果を得ている企業も増えつつあります。
以下はいくつかの典型例・調査データです。
JPMorgan Chase:不正検知モデルの改良により、不正被害を 20% 削減(事業影響レベルでの改善)
Walmart:在庫切れ(stockout)を 30% 低減
UnitedHealth Group:保険クレーム処理の 50% を自動化
Microsoft は、金融、物流、ヘルスケアなど多様な業界で 1,000 件を超える企業 AI 成功事例を公表し、生産性・精度・顧客体験改善の定量的効果を報告
Deloitte の調査では、最先端 AI プロジェクトの約 3 分の 2 が ROI 目標を達成または超過し、約 20% は 30%超のリターンを達成していると報告されているというデータもありますPR Newswire+3Deloitte+3Insights2Action+3
一部の組織では、導入後 6 ヶ月以内に ROI を回収できたという記述もありますGoogle Cloud
これらの事例に共通する特徴を整理すると、次のような成功要因が見えてきます。
成功する AI 投資の共通パターン:差別化の鍵
成功企業やプロジェクトから学べるパターンを、読者が実務で応用できる形で整理します。
1. 明確・限定されたユースケースへの集中
幅広く手を出すよりも、特定の業務プロセスで「改善余地が大きい」「成果検証しやすい」領域に絞って勝負する。成功例では、バックオフィス業務やデータ分析支援、FAQ 自動応答など限定された用途から始め、その成果をもとに拡張していくケースが多そうです。
2. 外部パートナーやドメイン専門家との協業
AI を社内でスクラッチ開発するのではなく、専門ベンダーやコンサルティング企業、特定業界に強いドメイン専門家とタッグを組む。これにより導入リスクを抑え、モデル精度や運用ノウハウを補完することができます。MIT レポートでもこの点が明確に示されていますThe Financial Brand+2MLQ+2。
3. 継続的な改善とフィードバックループ構築
運用開始後もユーザーフィードバックや業務実績データをモデルに取り込み、定期的に見直す。Adaptive Learning を可能にする体制とガバナンスを維持することが成功を左右します。
4. 組織横断的な推進体制の整備
AI を単なる技術プロジェクトにとどめず、ビジネス戦略・業務改革・人材育成と統合して進めること。ガバナンス、倫理・説明性対策、AI 利用ルールづくりなども含めた統合的マネジメントが不可欠です。
5. 成果指標(KPI)の見直し
従来の ROI(投資対効果)だけでは捉えきれない価値(学習効果、プロセス改善、差別化効果など)を重視し、「投資の学び(Learning ROI)」として扱う視点を持つべきだ、という指摘もありますPYMNTS.com。
日本企業の現状:導入率と課題
では、日本企業は今どのくらい AI/生成系 AI を導入できているのでしょうか。また、どのような課題に直面しているのでしょうか。
導入率の動向
GMO リサーチの調査(2025年2月時点)によると、日本国内で「生成 AI を認知している」と答えた割合は約 72.4%、「導入済み」は 42.5% に上っていますGMOリサーチ&AI。
ただし、Yano リサーチの調査では、2024 年時点で「企業全体での導入」は 4.0%、「一部部門での導入」は 21.8%、つまり合計で 25.8%にとどまり、導入しても “期待どおり” の効果を感じている企業は一部に限られるという報告もありますyanoresearch.com。
また、Deloitte のレポートによれば、日本の従業員のうち、上司から生成 AI の導入に関する説明を聞いたという回答はわずか 24% という水準にとどまるというデータもありますDeloitte。
主な阻害要因
日本企業が AI 投資で苦戦する背景には、以下のような課題があります:
業務フローやシステム構造の複雑さ 既存システムがレガシー化していたり、部門ごとにカスタマイズが強く、横断的な AI 統合が難しい。
データ体制・ガバナンスの未成熟 データの収集整備、データ品質確保、ID 管理などが後手になるケースが多い。
社内リテラシー・変革文化の不足 マネジメント層・現場双方で AI 活用に対する理解が浅く、導入後の浸透や運用体制づくりが停滞しやすい。
ROI への慎重さ・リスク回避傾向 成果が不確実な技術投資には慎重になる風土があり、試験を超えて拡張しにくい。
人材不足 機械学習エンジニアや AI プロダクトマネージャーなど専門人材の確保・育成が追いつかない。
倫理、説明性、ガバナンス体制の整備 AI 利用に関するルールや責任範囲、説明責任が未整備な場合も多い。
我々は、日本企業が真にAIを活用して価値を出していくためのヒントとして、「小さく始めて回しながら拡張する」「業務パートナーと協業して導入する」「KPI を変える」などのアプローチが必要だと考えております。




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